PC9801時代その1 |
PC-9801は、IBM
PCと同じ16bitのCPUを採用していました。しかし、IBM PCは
Intel 8088 と言う内部は16bitで処理し、外部との通信は8bitで処理するCPUを採用。しかし、PC-9801はIntel
8086と言う内部/外部処理共に16bitのCPUを採用しました。BASIC上の互換性においては、前記の通り PC-8801
互換で、加えてPC-8001のF-BASICに関しても、カセットテープによって供給されました。PC-9801の滑り出しは好調ではありましたが、ソフトウェアの本数が少なく、8bitパソコンを使ってきたユーザーが、より早いパソコンを求めてPC-9801に飛びつくと言った事はありましたが、肝心のビジネス層にはなかなか受け入れてくれませんでした。
しかし、しばらくするとPC-9801用と銘打った製品もソフトハウスから発売され、ようやく8bitパソコンに届くぐらいのソフトウェアの本数となりました。この間は、NECとソフトハウスの大変な努力によってなしえたことだと言えます。大きな問題もありました。PC-9801には漢字ROMはオプション扱いで、漢字を印刷できるプリンタも用意されていませんでした。これでは、漢字を扱うアプリケーションが開発できなく、悩みの種となっていました。 そこで、早速漢字プリンタ PC-PR201 を発売。価格は 298,000円と、当時としては破格の値段でした。漢字の問題以外に、PC-9801にはディスクドライブが標準搭載されていなかったため、ソフトメーカはどの媒体で供給して良いのか分からない状態でした。 PC-9801のソフトウェアは、増えたと言っても依然とBASICで書かれており、そして売れるソフトはゲームでした。この頃、アメリカのIBM PCではOSにBASICではなく、CP/Mを採用し表計算やワードプロセッサ、データベースと多彩なビジネスソフトウェアが生まれ、 16bitパソコンになると、MS-DOSによって新たな時代が築かれようとしていました。 日本でも、この様な新しい技術をいち早く採用し市場に売りだしたメーカーはありました。三菱電機の Multi16 や、東芝のパソピア(なつかしい・・・)などがそれです。 前者はCP/Mマシン、後者はMS-DOSマシンとして、送り出された物でしたが、成功しませんでした。 これは、日本のパソコンの重心はBASICだったためです。PC-9801が売れたのは、PC-8801に16bitCPUや、高速に描画が出来るGDC、そして互換BASICが搭載された、いわゆる「早いPC-8801」と言ったイメージが強かったためです。 BASICを使い続けたのも、理由があります。MS-DOSなどのOSを使うのであれば、それだけでメモリが食われてしまいますし、何よりユーザーが操作方法を覚えなければならなかったためです。 その点、BASICは電源を入れれば自動的にROMからBASICが読まれ、ディスクドライブから起動して、ドライブを使えるようにしたDISK BASICに関しても、ディスクから自動的にプログラムが読まれる仕組みになっていたため、BASICは中心的存在として普及したのです。 |
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