ソフトウェアのお話その1
 ソフトのお話に関してはかなり私的な考えがあることを先に書いておきます。
MS-DOS全盛時代(NEC9800の頃)はワープロ(一太郎・松など)・データベースソフト(桐)・業務ソフト(会計・販売・給与・見積もりなど)建築系ソフト(CAD・積算)が盛んに販売されている時代でした。(しかし高かった・・・)
ワープロソフトのお話
 代表的なのがほとんどの人が知っているワープロソフト「一太郎」ですが、その一太郎の前に売れていたワープロソフトがありました株式会社管理工学というところから発売されていた「松」というワープロソフトもありました。背景として9801Fのあたりで5インチ版のフロッピーで動かしていました(今は考えられませんが・・・)なぜ一太郎がこれほどまでに普及したのかという点で大変面白い話があります、当時はまだパソコンを使っている人が少なかった(PC9801フルセットで100万は超えていた)ので当然ソフトに関してもあまり知識がなく、一太郎のメーカーであるジャストシステムの営業がおみやげにケーキを持って電話受注の人に食べさせていたとか・・・(某ソフトハウスの人から聞いた話です)
その中での会話の話
販売店から電話がかかってきて「なんかいいワープロソフトない?」担当者は「一太郎が評判が良く売れていますよ」販売店「じゃあ、それでいいよ」って感じで一本58,000円也のソフトが飛ぶように売れたそうです(食べ物の力は恐ろしい・・笑!)
こんな感じで、販売店もお客様も何が良いのかわからない時代だったのです。
 時代は変わり、一太郎の一人勝ちの時期が続きました(一太郎Ver3)しかし、ソ○トバンク一辺倒の販売から直販をめざしシフト転換をしたときです(ソ○トバンクに反旗をひるがえしたのです)札幌のDB  SOFTから発売されたワープロソフト(P1EXEだったと思う)を当時売れていたパソコン雑誌Oh!PCで大々的に取り上げられそちらのほうが売れ始めた頃ジャストシステムはソ○トバンクに詫びを入れ元のさやにおさまりました。その爆発的に売れたワープロソフトはバージョンアップもしないまま記憶の片隅に追いやられてしまいました。
この頃(一太郎Ver.4 一太郎Ver.4.3)パソコンにもハードディスクが搭載されはじめ一太郎の最新版は重い、ハードを選びすぎるなどの批判もありましたが、バージョンアップのたびに性能が上がる一太郎を使ってみたいので必然的にハードもバージョンアップせざる得なかったのです(考えてみれば高いワープロ専用機のような・・・)この頃になると学校や役所にもかなりパソコンが導入されワープロといえば一太郎という代名詞になっていました。(今でいえば表計算はEXCELというようなものです・・・)
ジャストシステムの誤算・・・いや大誤算!!
一太郎もVer.5まではMS-DOS版、Ver.6から(やっと発売)windows版へと・・・・
順調に販売本数を伸ばしてきたジャストシステムの一太郎・ATOK・花子・・・ソフト界の巨人と化したジャストシステムはおおいなる野望を抱いたのであった、なんと三四郎(柔道ではありません、表計算ソフト)五郎(野口ではありません、データベースソフト)と立て続けに開発しました。しかしそこに立ちはだかったのは世界の巨人「マイクロソフト」であった。ジャストシステムがこともあろうに「OFFICE」を発売したのだ・・・結果は当然のように敗北(でもこのときはがんばってほしかったし、日本のソフトメーカーを応援していた)
さらに追い討ちをかけるようにOSが移り変わりWindows95 の発売と共にVer.6からVer.6.3、Ver.7へと一太郎も変わって行った、しかしVer.7を発売しこれならと思って購入したユーザー(私も含む)に何の特典もなく発売して数ヶ月でVer.8が発売になったのです(Ver.7はバグだらけ?)そのあたりから、マイクロソフトのワープロソフト「WORD」に以降して行く一太郎ユーザーが徐々にではあるが増えていったのです。
そして現在、企業のほとんどが「WORD」を使うようになっています。
ソフトのお話2は1月中旬から下旬にかけてアップ予定です。

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